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臨死体験は単なる幻覚という科学的解説が信じられない理由とは?

この記事を読むのに必要な時間は約 9 分です。

臨死体験が幻覚なんて嘘

臨死体験。

事故や病気で死の間際まで行ったが奇跡的に生還した人の垣間見た世界。

そうした人たちの中には「三途の川を見た」とか「綺麗な花畑が拡がっているのを見た」などという体験が少なからず存在します。
こうした体験を総称して「臨死体験」といいます。

臨死体験は死後の世界を垣間見たのでしょうか?
そう信じる人も数多くいますが、臨死体験は単なる幻覚だという人もいます。
そして臨死体験幻覚説は科学的に説明できるとする人もたくさんいます。

しかし私には臨死体験が幻覚だとする科学的説明を信じることが出来ません。

今回は、なぜ臨死体験が幻覚だとする説明が信じられないかについて書こうと思います。

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臨死体験を取り巻く2つの見解

臨死体験とはどのような体験なのでしょうか?

まず最初に臨死体験がどのようなものなのかを明確にしておきたいと思います。

死の淵まで行きながら幸運にも生還した人たちの一部は「似たような」体験をしています。

長いトンネルのような通路を抜けるとそこは明るい光に満たされていて、美しい花や木が生い茂った草原のようなところだといいます。
そしてそこには亡くなった家族や友人、ペットなどが待っていた、とか。

生死を彷徨い、死後の世界に足を踏み入れる寸前で垣間見たこの風景はきっと死後の世界に違いない・・・そう信じる人はたくさんいます。
そして臨死体験でみた世界は「意識」が肉体から遊離して見てきた死後世界で、これこそが「あの世」が存在する証拠だ、と主張します。

こうした主張に対し、科学者たちは「すべてが説明できる」と主張します。

科学が説明する臨死体験とは

生死の境を彷徨うほどの状況の時、人の身体にはさまざまな変化が起きるといいます。

まず、死に瀕した際、苦しみや痛みを軽減させるため体内ではエンドルフィンという物質が大量に放出され、これにより痛みが和らぎ喜びの感覚が増幅されるんだそうです。
これが臨死体験を引き起こすと主張する科学者もいます。

また死に瀕して人間はジメチルトリプタミン(DMT)という幻覚剤に似た物質を放出していると主張する科学者もいます。
DMTの効果で幻覚が起こり、それが臨死体験として認識されると。

別の科学者は脳の酸素欠乏によって幻覚が生じる、と主張します。
これ以外にもさまざまな研究が成されているようですが、どれも臨死体験は単なる幻覚であり、死後世界を垣間見たわけではないという点で一致しています。

さらに、臨死体験の際に死んだ家族や友人が現れる件については過去の記憶の一部が出てきて幻覚と相まってひとつのストーリーを脳内で創り出していると主張します。

そしてこうした現象は人が死に瀕していなくてもDMTを投与することで再現が可能であるといいます。
実験で確認したので間違いない、ということだそうです。

科学的説明の嘘

こうした一連の「科学的説明」を聴くと、なるほど・・・と思ってしまいがちです。
しかしこれらには、どうしても納得できない部分があるんです。

なに言ってんの、DMTを用いた実験で臨死体験と酷似した幻覚が起こることが明らかなんだから、何を疑っているの?

いやいや(笑)

健常者にDMTを投与して臨死体験と似た幻覚が起きたからって、死に瀕した人が垣間見た世界と同じだとは言えないでしょう?

はっきりと言えるのは「幻覚を見たときに臨死体験とよく似た体験ができる」ということ以外には何もないということ。
このことが「臨死体験が単なる幻覚」と証明したことにはなっていません。

スピリチュアルな視点

これらに対し、臨死体験は断じて死後世界を垣間見てきたものだ、と主張して譲らない人たちもいます。

彼らは「人間は肉体と意識からなる」と主張します。
つまり人が死ぬとき、一体化していた肉体と意識が分離し意識は自由になる。
意識は物質ではないため時空の束縛を受けませんから、どこにでも行けてしまう。

臨死体験とは人が死に瀕し、意識が肉体から遊離し死後世界を垣間見てきたものだ。

この「肉体と意識は別物」という考え方は非常に合理的です。
この考えを認めるなら、幽体離脱(体外離脱)も説明できますし、遠隔透視などの超能力についても説明が可能となります。

ただし唯一最大の難点は、この説を「証明することが出来ない」ことでしょう(笑)

死については科学も含めまだ分からないことだらけの分野ですから、臨死体験についても本当にあるのか、ただの幻覚かについても結論は出ていません。

ただ、私には科学的説明には無理があると思えてならないんです。

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科学的説明に納得できないのはここ

死に瀕し痛みや苦しみを和らげようとさまざまな物質が分泌され、それによって幻覚を見るという可能性に関しては否定するつもりはありません。

きっと本当に幻覚を見ているんでしょう。

しかし、だからといってそれが死後世界を垣間見ていることを否定する根拠にはなりません。

なぜ死んだ家族や友人が出てくるのか

臨死体験の中で、死んだ家族や友人が出迎えてくれるというのは共通した体験として多くの人が見てきています。

これを幻覚だ、というひと言で片付けるのはあまりにも乱暴と言わざるを得ません。
幻覚として過去の記憶の一部が出てきたといいますが、過去の記憶なら死んだ人でなくてもいい筈でしょう?なぜ死んだ人だけ出てくるんでしょうか?

臨死体験はもしかすると幻覚とよく似ているのかもしれませんが、似ているからと言って「だから臨死体験は幻覚だ」という短絡的理解は納得のいかないものですね。

また、こうした幻覚で説明できないような体験も数多く報告されています。

遠隔透視したような体験

ここまで紹介してきたような、多くの人の共通したような体験ばかりではなく、臨死体験中にとても興味深い体験をしている人もいます。

例えば、昏睡状態の最中に意識が肉体を抜け出して病院の外に出て行って、建物の隙間に挟まっている運動靴を見た・・・本人はその建物の隙間には行ったことがなく、そこに運動靴が挟まっていることを事前に知るよしもなかった、みたいな。

これは幻覚ではまったく説明がつきません。

また、昏睡状態の最中に見た女性が快復後だいぶ経ってから存在すら知らなかった自分の親戚の女性の顔だった、という体験とか。
これも事前に知るよしもないことで、幻覚で自分の過去の記憶の一部が出てきたという説明には無理があります。

このように科学的に説明のつかない臨死体験も多々あるわけで、そういう事象に関しても納得のいく説明をしてほしいものです。

まとめ

臨死体験について考えてきました。

臨死体験が単なる幻覚だとする科学的説明は、やはり納得できません。
もちろん、スピリチュアルな視点が絶対に正しいと言うつもりもありません。
なぜならどちらも確たる証拠を以て納得のいく説明が出来ていないからです。

ただ、私にはスピリチュアルな視点の方がしっくりくるのは事実です。

本当に死後の世界があることを100%証明するためには、死んで死後世界の存在を確かめた上で戻ってくるしか方法はありません。
しかしながらそんなことは不可能なことですよね(笑)

臨死体験は本当に死後世界を垣間見た体験なのか、それとも幻覚なのか。

あなたにはどちらの説明が納得いきますか?

なお、死後世界について以下の記事にも詳しく説明していますので、併せてお読みいただければ幸いです。

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