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あげまんと別れたらどうなる?あげまんの特徴や外見、スピリチュアルな意味を解説

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あげまんと別れたらどうなる?

あげまんと付き合えてラッキー!

みたいなことを言っている男性をときどき見かけます。

そうかと思えば、

あいつと別れてから運が向いてきた、あいつさげまんだったんだな・・・

なんて言っている男性を見かけることもあります。

正直に言いますが、私はこれらの発言に強い違和感を感じます。

何だよあげまんって?

いや、言葉の意味は知っていますよ勿論。

言葉の意味とは別の部分になんだかレベルの低い打算的感情が透けて見えるようで、こうした考え方にはどうしても素直に同意できません。

今回はこの「あげまん、さげまん」について考えていきたいと思います。

 

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あげまんとさげまんの意味とは

あげまんとは「付き合った男性が成功したり幸せになったりする女性」のことですね。

これとは逆に、さげまんとは「付き合った男性を不幸に陥れる女性」のことです。

あげまんとさげまんを外見の特徴から見分けることは困難です。

ですから男性にしてみても、お付き合いする前に相手の女性があげまんかさげまんかを知ることは出来ません。

あくまでお付き合いしてみた結果として分かってくることと言えます。

言葉の意味は知っている方も多いと思いますが、実際にあげまん、さげまんのパワーってどのくらい凄いかご存じでしょうか?

 

あげまんのパワー

付き合った男性を成功や幸せに導くあげまん。

男性からしてみれば、まるで女神のような存在に思えるかもしれません。

あげまんの特徴を挙げてみると、

・付き合う男性に全幅の信頼を寄せてくれる
・いつでも明るく接してくれる
・辛いときにはそっと寄り添ってくれる

ほかにも特徴はあるかもしれませんが、代表的なのはこんなところでしょう。

男性の立場になってみれば、こんな女性がそばにいてくれたらいつも頑張れると思いませんか?

きっと不愉快になることなんてほとんどないんじゃないでしょうか。

そりゃ頑張って仕事もするでしょうから成功しちゃいますよね。

こうしたあげまんの特徴は、男性に想像以上のパワーを与えていると言えます。

 

さげまんのパワー

では、さげまんはどうでしょうか?

・自分の都合で男性を振りまわす
・いつでも自分を見ていて欲しい
・つねに付き合う男性を疑っている

男性の立場になってみると、さげまんと一緒にいるだけで気を遣いまくって疲れそうですよね?

これじゃ自分が辛いときに「辛い」と本音も言えそうにないと思いませんか?

さげまんと付き合った男性はこうしてどんどんストレスが溜まっていき元気がなくなっていくんです。

また、もうひとつのさげまんパワーとして、別れた後でも男性を不幸にすることがあります。

別れてからもことあるごとに男性につきまとったり、新しい彼女に嫌がらせをしたり・・・

さげまんのパワー、恐るべし!です。

 

あげまんを気にする男性と女性

さてここまでは、あげまんとさげまんについてそのパワーがどの程度のものかをザックリと説明しました。

ね、ここまでお読みいただいただけでも「なんだかな・・・」って感じでしょう?

さらに「なんだかな・・・」は続きます(もう少々お付き合いくださいませ)

あげまんを気にする男性や女性について説明しておきますね。

 

あげまんを気にする男性

あげまんと付き合うことで自分の運気を上げたいと思う男性って結構多いものです。

また多くの男性は「付き合う相手はこうあるべき」みたいな幻想を抱いているようです。

こういう男性は付き合う女性に「あげまんであれ」と望みます。

つまり、自分と一緒にいるときはいつも明るく振る舞え、俺のために尽くせ、俺が参っているときには優しくしろ・・・と。

こういう男性と付き合いたいと思う女性って、どのくらいいるのでしょうか?

まるで、自分と付き合う女性は自分のための奴隷だとでも思っているようではないですか?

これって「なんだかな・・・」って感じだと思いませんか?

 

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あげまんを気にする女性

あげまんになりたいと思う女性も少なからずいるようです。

これも「なんだかな・・・」です。

付き合う男性が成功して幸せになるためなら、自分はその男性にとってのあげまんに徹する。

そうすることでその男性は成功し経済的にも豊かになり、結果自分も幸せになれる。

とでも考えているのでしょうか?

付き合う男性の奴隷になってでも尽くしたい・・・それが自分の愛の形。

そう考えるのであれば、もはや何も申しません。

どうぞご自由に・・・としか言いようがありませんが。

 

あげまんという考え方はマチズモの典型

なぜ多くの人はあげまんを気にするのでしょうか?

ここで考えてみてください。

そもそもあげまんというのはあくまで「お付き合いした結果」ですよね。

そして男女のお付き合いというのはお互いの愛情と思いやりの上に成り立つものだと私は考えています。

それなのに「この女性はあげまんだろうか」などと考えること自体、典型的なマチズモでしょう。

マチズモとは男性優位主義のことですが、女性を自分の幸せや成功のために都合の良い存在だと考える段階で完全にマチズモです。アウト!

逆に質問しますが、もしお付き合いした女性があげまんではなかったらどうするのですか?

お付き合いしてみて相手がさげまんだと分かったら?

別れますか?

それって女性の側に原因があるのでしょうか?

男性の側には何の問題もないですか?

そもそも男性が成功できないとすれば、それはお付き合いする女性の問題ではなく男性の能力の問題です。

自分に成功できるだけの能力も器も技量も何もないくせに、成功できないのは付き合う女性がさげまんだから、なんてあまりに身勝手で幼稚な考えと言わざるを得ません。

そして「あげまんと付き合っていれば自分は成功できたのに・・・」なんて言い出すんです。

おまえ子供か!と言いたくなります。

そして男性だけでなく、あげまんになりたいと考える女性もマチズモを助長していると言えます。

そうした人たちの根本には男性が主で女性が従という歪んだ思想があります。

そういう発想がある限り、あげまんさげまんは幅をきかせ続けるのでしょう。

 

あげまんを求めるスピリチュアルな意味とは?

あげまんと付き合いたいと願う男性にしても、あげまんでありたいと思う女性にしても、私に言わせれば旧時代の歪んだ思考の持ち主としか思えませんが、最後にこうしたあげまんを求める男女についてスピリチュアルな視点から考えてみたいと思います。

スピリチュアルな視点で考えると、ふたりの人間が心惹かれ合うのは魂のレベルでお互いを求めているからと考えられます。

つまり、あげまんという打算的でマチズモな発想に共鳴して互いの魂が惹かれ合っていると言うことです。

おそらくそこには双方にとって貴重な「魂の学び」があるのでしょう。

打算的な考えのふたりが出会うことで学べる「何か」を、魂が求めている・・・

こうしたふたりの出会いは必ずしも幸せになれるとは限りませんし、もしかしたら想像を絶するようなドロドロの関係になるかもしれません。

それでもその出会いがふたりにとって、ふたりの魂の学びにとって必要なものならば、そこから何かを学ぶしかないんです。

なぜならふたりの魂がそれを望んでいるからです。

そういう意味では、このふたりはソウルメイトといえます。

辛い経験になるとしても、それが魂の成長になるなら避けるべきではありません。

スピリチュアルな視点で考えると、このようになると言うことですね。

 

結局のところ

最後に答えを言いますね。

あげまんと別れたらどうなるか?

この質問そのものに何の意味もない・・・というのが答えです。

もう21世紀になって20年以上も経つんですから、そろそろ旧時代の発想は捨てませんか?

男性も女性も、どちらかの都合だけで生きる時代はとっくに終わっています。

お互いを尊重し、お互いを高め合い、お互いの幸せのために人生を生きる。

そうすればあげまんだのさげまんだのという時代遅れの発想になるはずがないんです。

 

ということで、今回はこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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