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天国と地獄は存在するのか?その正体について考えてみる

この記事を読むのに必要な時間は約 7 分です。

そこは天国それとも地獄?

天国と地獄。

私たちは普段、当たり前のようにこの言葉を口にします。

・そんなことばっかりしてると、死んだら地獄に行くよ!
・お父さんが天国からあなたを見守っていてくれる
・勝てば天国、負ければ地獄

日常生活にも浸透しているこの言葉ですが、果たして天国と地獄って本当にあるのでしょうか?

そんなもん、あるわけないでしょう。
子供にものの善し悪しを教えるために便宜上作られた方便に過ぎないよ。
そもそも死んだらすべておしまいなワケだし、天国も地獄も関係ないでしょう。

本当にそうでしょうか?
今回はこの「天国と地獄」が本当に存在するのか、について考えてみたいと思います。

天国と地獄の正体とは?

まず、そもそも論として天国と地獄って、なんなんでしょうか?

洋の東西を問わず、さまざまな宗教で神の対極を意味する概念が存在します。
悪魔、鬼、死神・・・

表現方法は異なりますが、概念としてはほぼ共通しています。
善をなせば神のいる天国へ、悪をなせば地獄に落ちる。
世界中の人がこう教えられてきました。

これは私たち人間が社会性を維持する意味からもとても重要なことです。

とはいうものの、多くの人は神の存在はある程度信じていても、地獄や地獄にいるとされる悪魔や鬼などの存在は信じていないのではないでしょうか。

私たちの世界は二元論に支配されています。
善と悪、光と影、陽と陰、表と裏、好きと嫌い、富と貧困、生と死・・・
もちろん、その中間には無数の状態があることは当然ですが、何かを考える場合その対極の概念が必要となります。

それにより、プラスの概念をより際立たせるわけですね。

こうした二元論という考え方は、物事をよりシンプルに理解しようとする際にはとても便利です。
相反する2つのものごとがあり、その中間を補完するように考えていけば、大体のことは何となく納得できる結論に至ることができてしまう。

その反面ものごとを単純化しすぎる嫌いがあり、深い考察に至らないこともあります。

まずは二元論という考え方があり、その範疇で地獄とは天国の対極に位置する概念である、ということを理解する必要があります。

さて、今回の本題である「天国と地獄は存在するのか」ですが、そもそも天国や地獄って何を指しているのでしょうか?

はい、死後の世界ですね。

人間が死んだあと、肉体を失って意識のみになって行くところ・・・それが死後の世界といえます。
死後の世界があるのか無いのか、これも議論になるテーマではありますが、今回は死後の世界があるという前提で説明を進めますので悪しからず。

スピリチュアルな視点から死後の世界を考える場合、人によって表現の違いはあるにせよほぼ共通した内容が言われています。

それは、死後の世界とは「次の生に向かうための中間世」である、ということです。

スピリチュアルな世界観では、死とは肉体を失うことです。
人は肉体と意識からなり、肉体は有限(せいぜい数十年、長くても百年前後)の存在ですが、意識は永遠に存在し続けると考えます。

人は肉体が機能している間(つまり生きている間)は、意識はその肉体と一体化して人生体験を続けます。
しかし肉体が機能しなくなると(つまり死ぬと)意識はその肉体から離れ、意識のみの存在となります。

この「意識のみの存在」が体験する世界が「中間世」です。

中間世とは、死んでから次に生まれ変わるまでの間のことで、ここで人はさまざまな体験をすると言われています。
詳細は別の記事に譲りますが、簡単に言えば、今までの人生の振り返り、次の人生に向けての大まかな計画をヘルパーと呼ばれる存在とともに考えます。

こうして次の人生についての大枠が決まると、実際に生まれ変わるための準備に入ります。自分の計画に相応しい人生が送れそうな時代、国、両親を選び、生まれていくワケですね。

こうした一連の生まれ変わりのプロセスは、必ずしもスムーズに進むわけではありません。

というのは、次の人生の計画を立てる「中継点」にスムーズに移行できないケースも多々あるんです。

たとえば、何らかの理由で自分が死んだことに気づいていない場合や、生前の状態に強い執着があるような場合、意識が物質世界に囚われてしまうことも少なくありません。

自分が死んだことに気づいていないって・・・なにそれ?

はい、説明しますね。

たとえば突然の事故により一瞬で命を落とした場合や、長いあいだ昏睡状態で意識がないまま亡くなったような場合、自分が死んだ、ということに気づかないことがあります。
こういう場合、自分が生きていると思い込んでしまうため次の生への準備をする「中継点」に行くことが出来ません。

また、自分が病気で命を落とすような場合、残された家族のことが心配で自分の死後も意識がいつまでも物質世界(残された家族たちのいる世界)に囚われてしまうと言うこともあります。

どちらの場合も、中間世で本来行くべき「中継点」に行くことが出来ず、とても中途半端な状況で囚われてしまうことになります。

非物質世界では物理法則が通用しませんから、当然時間の概念もほとんどありません。
このため、囚われの状態のまま何十年も何百年も過ごしてしまうこともよくあると言われています(囚われている本人は時間の感覚がほぼ無いため、そんなに長い期間囚われているという認識はありません)

こうした状態は、決してハッピーな状態ではありませんよね。
スピリチュアルな世界ではこのような状態を「地獄」と表現する人も多く、これが一般的に定着したとも考えられます。

中間世で本来行くべき「中継点」にスムーズに移行すること、すなわち中継点のことを天国、中継点に移行できず途中で意識が囚われてしまう状態を地獄と表現したと考える。

こう考えると天国と地獄はたしかに存在する、ということになりますね。

まとめ

今回は、天国と地獄が存在するか、について考えてみました。

科学的には「存在しない」が答えでしょうし、「存在する」と考えた場合でも、それぞれの国、地域、信仰ごとに理解の仕方はさまざまだと思います。

そんな中で今回はスピリチュアルな視点での「天国と地獄」について説明しましたが、いかがだったでしょうか?

ということで、今回はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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