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超能力って特別なものなんだろうか?実は誰でも持っているものでは?

この記事を読むのに必要な時間は約 12 分です。

超能力は「超」能力なのか?

あなたは「超能力」という言葉からどんなことを連想しますか?

・サイコキネシス(念力)?
・リモートビューイング(遠隔透視)?
・未来予知?
・テレパシー?

人によってさまざまな「超能力」をイメージすると思います。

え、なに言ってんの?
そんなのあるわけないじゃん!
嘘だしデタラメだしペテンでしょ!

なんて頭ごなしに否定する人もいることでしょう。
否定する人たちは「科学的」ではない、と言います。
しかしながら科学的ではないという言葉の意味をご存知でしょうか?

科学的ではない、とは「未だ科学で証明できるに至っていない」という意味であり、言い替えれば「まだ科学が追いついていない」ということです。

解明できていないことを否定したり馬鹿にしたりする科学者(っぽい人)がいますが、こうした人たちは肩書きは科学者でも三流と言わざるを得ません(笑)
優れた科学者はこうした分野を決して「非科学的」という言葉で否定したりしません。

さて超能力ですが、私は特別な能力とは思っていません。
誰にでもある、ごく当たり前の「普通の能力」だと思っています。

今回は「普通の能力」である超能力について考えてみたいと思います。

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そもそも「超能力」ってなんなんだ?

超能力とひとことで言っても、実はすごく広い意味を持っています。
意味は「現在の科学では合理的に説明できない不思議な能力の総称」となります。
とはいうものの、学術的には研究が進められており「超心理学」という分野でさまざまな成果を認めることが出来ます。

まあ「合理的な説明ができない不思議な能力」ですから、これを理路整然と誰にでも分かるように説明すること自体に無理があります。

ただ、説明できないだけで「確かにある」のがこの超能力と呼ばれる能力なんですね。

超心理学という20世紀に入ってから発達した学問での研究が盛んですが、この超心理学では超能力を大きく「超感覚的知覚(ESP)」と「念力(サイコキネシス)」の2つに分類しています。

超能力の種類について

超能力を大きく2つに分類しましたが、さらに細かく見ていくと、それぞれが細かくカテゴライズされていきます。
ザックリと中身を見てみますと、

超感覚的知覚(ESP)

超感覚的知覚(ExtraSensory Perception:ESP)とは、通常の感覚器(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など)によらない、それらによる知覚を超えた知覚という意味です。
これにはザックリと以下のような種類があります。

・テレパシー
・未来予知
・透視(遠隔透視を含む)

こうしたESPにおける研究で有名なのが、アメリカの超心理学者ジョセフ・B・ラインによるもので、物理的刺激が遮断された状態での知覚が可能なものかを実験したものでしょう。

ラインは心理学者カール・ゼナーとともに作成したカード(このカードはゼナーの名前を取ってゼナーカードと呼ばれています)を用いた実験を行いました。
このカードには5種類の図柄(丸、四角、星、十文字、波)が1枚に1図柄ずつ書かれており、被験者に図柄が見えないように伏せてその図柄を当てさせるのです。

ESPカード(ゼナーカード) ←ゼナーカード(出典:wikipedia)

多くの被験者に対しこの実験を繰り返したところ、一部の被験者に統計的な誤差やバラツキで定義できない的中率の差が現れました。
このことからESPが実在すると主張したのです。

ただしこの手法は科学的に突っ込みどころが多く、実験結果からESPが存在すると(科学的に)証明するに至ってはいません。
たとえばカードを伏せておいたとしても、図柄の描かれていない面にわずかな汚れやキズなどが付いていればそれを記憶しておくことも出来ます。

こうした「不正行為」を極力防ぐ意味から、最近ではシュミットマシーンという電子サイコロのような機器が使われているようです。
詳細は省きますが、アメリカの物理学者ヘルムート・シュミット博士が考案した装置で完全に無作為な現象を起こすことが出来る装置なんだそうです。

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念力(サイコキネシス)

一方、サイコキネシスはESPのように知覚するのみに止まらず、思念のみによって(物理的なエネルギーを介在せず)外界に何らかの効果をもたらす能力を指します。

たとえばサイコロの出目に影響を与えるとか、コンセントに刺さっていない電球を点灯させるとか、手を触れずにスプーンを曲げるとか・・・

こうした「通常では起こりえないことをやってのける能力」を超能力と呼ぶ、ということはご理解いただけたでしょう?

上記の大きな分類意外にも、

・テレポーテーション(瞬間移動)
・サイコメトリー(物体に残る人の残留思念を読み取る能力)
・念写

など、いろいろあります。

超能力についての巷の反応

こうした超能力というものに対し、肯定する人もいれば(私は肯定派です)否定する人もいます。
否定しないまでも懐疑的な立場を取る人も少なくありません。

よくマジシャンが「超能力なんて嘘っぱちだ、全てマジックで同じようなことは出来る」とか言って超能力者と対決するようなTVのバラエティショーなんかもありますよね(笑)

まあ信じるか信じないかはあなた次第!
とかいって人気を博した都市伝説の伝道師もいますが、ここでは客観データで巷の反応を見てみたいと思います。

こうした研究が盛んなアメリカのデータですが、1979年にアメリカの大学教授1100人を対象にESPに関する意識調査が行われました。

それによると「ESPは確立した事実」「ESPは存在する可能性がありそう」と考えている大学教授は、心理学者に関してはなんと34%もいたそうです。
また心理学者以外では「ESPは不可能だ」と言った大学教授はわずかに2%しかいなかったといいます。

またアメリカ人の約半数は超能力や心霊による癒しがあると信じており4人に1人はテレパシーのようなものを体験したことがあると信じているようです。

日本におけるこうした調査は行われたという記録はなさそうですが(私が知らないだけかもしれませんが・・・)定量的ではないにせよ肯定派と否定派はどちらもかなりいるようです。

否定派にしても、嫌な予感がするとか虫の知らせとか、そういう「合理的な説明のできない」感情を持ったことは少なからずあるんじゃないでしょうか?

超能力は本当に「超」能力なのか?

さて、超能力について書いてきましたが、私は超能力って特別な能力ではないと思っています。

前段で、超能力とは「現在の科学では合理的に説明できない不思議な能力の総称」であると説明しました。
つまり、万人に理解してもらえる説明が出来ない能力のことですね。

ちゃんと理論的に、もしくは科学的に説明できるなら誰もその存在を疑わないでしょう。

しかし超能力はそうした「ちゃんとした」説明が出来ない。

何となく嫌な予感がするとか、今日はいつもと違う道で通勤しようとか、そういう気持ちになるのって合理的に説明できないケースも多々ありますよね。
無理やり説明しようとすれば「なんとなく」としか説明のしようがない(笑)

今日は何となくいつも乗るバスを1本遅らせてみようかな・・・なんて思ってバスを1本遅い便にしたら、いつものバスが事故を起こした。
いつものバスに乗っていたら大怪我するところだったけど救われた・・・

なんて話は結構よく聞くと思いませんか?

なぜいつものバスではなく1本遅らせようと思ったのか?
思い当たる理由なんてどこにもないけれど、ただ何となくそう思って1本遅らせた。
こういうのを「虫が知らせた」なんて言いますよね。

世の中の多くの人は「虫の知らせ」とか「嫌な予感」みたいな合理的とはいえない思いで普段と違った行動をして九死に一生を得た、なんて体験をしています。
これって超能力の一種ですよね?

そうやって自分でも超能力を使っておきながら、超能力なんてあるわけないじゃん、なんて言ってしまう・・・

ほんのちょっとだけ超能力を使ってる

冒頭で説明したようなESPとかサイコキネシスみたいな大げさな超能力ではないけれど、ほんのちょっとした超能力はみんな使っているんですよ。

それが「嫌な予感」だったり「虫の知らせ」だったりするんです。

ね、こうして考えると超能力って「超」能力というような凄いものばかりじゃないって分かりますよね?
誰でも多かれ少なかれ持っている能力なんです。

それを超能力だと認識していないだけで、誰にでもある能力、それが超能力です。

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なぜ超能力を誰もが持っているのか?

ではなぜ、こうした能力を持っているのでしょう?

それは「意識は非物質世界で繋がっている」からです。

私たち人間は肉体と意識から成り立っています。
肉体は個々のもので完全に独立していますが、意識は非物質存在であり全ての人や物の意識は互いに繋がっているんです。

肉体は個々に独立していますから、自分の目で見たもの、耳で聞いたこと、鼻で嗅いだ香り、舌で味わった味、手で触った感触など「直接的」な知覚が可能ですが、逆にそうした直接的な知覚がない場合にはそれ以上の情報を受け取ることは出来ません。

これに対し意識は非物質(つまり物質ではない)のため、肉体とは異なった情報の受け取り方をします。
それが「何となく」「嫌な予感」「虫の知らせ」みたいなとてもか弱い「朧気(おぼろげ)」な感覚なんですね。

肉体が受け取る知覚と比較すると、とんでもなく微かな信号のため、それを受け取っていることに気付くことはほとんど無いでしょう。
でも「なんか違和感・・・」みたいな感覚は、意識が受け取っている情報だったりするんです。

これらについては、合理的な説明は不可能です。

つまり意識が受け取っている情報そのものが、超能力と呼ぶものの正体です。
これは誰もが持っている能力で、特別なものでもなんでもありません。

まとめ

今回は超能力について説明してみました。

超能力なんて誰もが持っている普通の能力で、特別でもなんでもない、当たり前の能力だと言うことがご理解いただけたでしょうか?

目で見るように、手で触るように、耳で聞くように・・・
それと同じように「意識が非物質世界から受け取る」情報。
あなたも必ず持っている「知覚」のひとつです。

肉体の知覚との大きな違いは、ものすごく「朧気(おぼろげ)」だと言うこと。

だから注意深くしていないと気付くことすらほとんど無いです。
でも気付かないことと存在しないことは全くの別物です。

超能力は存在しないのではなく、あなたが「気付かない」だけ。
その気になれば誰だって使いこなせる能力なんです。

ということで、今回はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

なお、こうした「合理的に説明できない」けれど確かに存在する知覚について、以下の記事でも説明していますので、併せてお読みくださいね。

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