
あなたは死後の世界について、どの程度ご存じでしょうか。
心霊現象の話で、「成仏できないでいる霊だから、しっかり供養してあげるといい」というような話を聞いたことはありませんか。
ということは、霊には2種類あるということになります。
成仏できた霊と、成仏できない霊です。
ここで、素朴な疑問が浮かびます。
なぜ霊によって、成仏できたりできなかったりするのでしょうか。
今回は、こうした知られざる死後の世界、特に「成仏できない」という現象について、私自身の体験も交えながらお伝えしていきます。
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成仏できない霊って、どうなるの?
まず、成仏という言葉はもともと仏教の言葉です。この記事では、仏教的に正しい意味を解説することを目的にはしていません。
一般的に私たちが理解している「成仏」の意味は、死んだ人があの世の「行くべきところ」に行けたかどうか、行けた場合を「成仏できた」と表現する、というものだと思います。
そもそも、あの世の「行くべきところ」とは、どこのことなのでしょうか。
これについては宗教や思想、哲学などによってさまざまな解釈があり、科学のようにひとつの答えがあるわけではありません。それでは話が先に進みませんので、ここでは「行くべきところ」を、今の人生と次の人生をつなぐ「中継点」として考えていきます。
この考え方は、人が今の人生を終えた後、次の人生を始める、いわゆる「生まれ変わり」を前提にしています。生まれ変わりについては、以下の記事にまとめていますので、よろしければ併せてお読みください。
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成仏できないとどうなる?
人は死後、行くべきところに行くわけですが、すべての死者がスムーズにそこへたどり着けるわけではありません。
ここで、はっきりお伝えしておきたいことがあります。
良いことをした人は成仏できて、悪いことをした人は成仏できない、というようなことは、まずないと私は考えています。
そうした「善悪」の考え方は、人間が生きていく上で作り上げたものであり、それが死後にそのまま影響することはないはずです。善人は天国に行き、悪人は地獄に落ちる、という話は特定の宗教や道徳教育の中では語られていても、死後の世界そのものに善悪という概念があるわけではないと、私は考えています。
この善悪という考え方は、とても「物質的」なものです。
光と影、表と裏、勝ちと負け、好きと嫌い——相対するふたつの考え方をすることで、物質世界では物事を理解しやすくしていますが、死後の世界にはこうした「二面性」は存在しないと言われています。
なぜなら死後の世界は「非物質世界」だからです。
物質が存在しない以上、光も影も、善も悪も、そこにはないのだと考えられています。
では、どんな理由で「行くべきところ」に行けない、つまり成仏できない状態になってしまうのでしょうか。
正確な割合は分かりませんが、かなりの数の意識が、行くべきところに行けずに、さまざまな場所で「囚われて」しまっているようです。この「囚われ」が起きる理由は、大きく2つあると私は理解しています。
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ひとつ目の理由:死んだことに気付かない
たとえば、突然の事故などで命を落としてしまった人の中には、あまりに急な出来事だったため、自分が死んだことに気付いていない方がいます。
こうした方は、そこが死後の世界であることにも気付かず、ずっとその場に居続けてしまいます。「事故を起こしてしまった、大変だ、誰かに助けを求めなきゃ」と思うことはあっても、自分が死んでしまったことには気付いていないのです。そして、誰かが助けてくれるのを、その場でずっと待ち続けます。
死後の世界では時間の感覚がないか、あってもとても希薄です。そのため、何十年、何百年とそこに居続けたとしても、本人はほんの数時間程度のことだと思い込んでいることがあります。
たまにそこを通りかかった生きている人の意識と波長が合うと、それが霊として目撃されることがあります。これが一般的に言われている「地縛霊」というものです。
自分が死んだことに気付いていないため、その場所に意識が囚われてしまい、身動きが取れなくなっている——本人には身動きが取れないという感覚すらないのかもしれませんが、なんとなく分からないまま、ずっとそこに居続けてしまっているのだと思います。
長期間の闘病の末に亡くなった方が、自分が死んでしまったことに気付かず、ずっと病室に意識が留まっている、という例もあるようです。共通しているのは、「自分が死んだことに気付いていない」ということです。これがひとつ目の理由です。
ふたつ目の理由:この世に強い未練がある
もうひとつは、この世に強い未練を残して命を落とした場合です。
誰かに騙されて多額の借金を抱えてしまい、どうにもならなくなって命を絶ってしまった方。学校でのいじめに耐えられなくなってしまった子。不治の病にかかったお母さんが、幼い子どもを残して旅立ってしまった場合——こうしたケースでは、その死が本人にとって不本意であるため、この世に強い未練を残すことになります。
「自分を騙したあの人が許せない」「自分をいじめたあの子が憎い」「小さな子どもがちゃんと成長できるか心配」——そうした思いがあると、死んで死後の世界に移行したとしても、意識はこの世の特定の人や物に囚われたままになってしまいます。
こうなると、あの世の「行くべきところ」に行けなくなってしまいます。こうした意識が生きている人に目撃されるのが、「浮遊霊」と呼ばれるものです。特定の人や物に囚われているため、その対象がどこにいようとも、ずっとついて回ることがあるようです。これがふたつ目の理由です。
これ以外の理由について
巷には、この2つ以外にもさまざまな「成仏できない」理由が語られています。
ただ、それらの多くは、根拠のない俗説だと私は考えています。詳しくは、以下の記事で説明していますので、併せてお読みください。
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私が体験した、ある救出活動
ここで、私自身の体験をお話しさせてください。
私はヘミシンクを通じて、死後の世界を頻繁に探索しています。その中には、こうして囚われてしまっている意識を、本来のプロセスへと導く「救出活動」と呼ばれるセッションがあります。
ここに紹介するのは、私がヘミシンクを始めて間もない頃に体験したものです。
自分のガイドと一緒に、囚われている意識のもとへ向かいました。そこは、ひたすらグレーな空間がもやもやと果てしなく広がっている場所でした。
しばらくすると、そのグレーな世界の中に、徐々に人影のようなものが見え始めました。着物を着た老人のようでした。遠い目をして、腕を組んで立っています。
「何をしているんですか」と私が尋ねると、老人は「孫を待っている」と答えました。無愛想で、少し取っつきにくい雰囲気の方でした。
会話をしたわけではないのですが、いくつかの情報が私の頭に直接届きました。どうやらこの老人は、何十年もずっとこの場所で、お孫さんの帰りを待っているようでした。死因は分かりませんが、突然亡くなってしまったため、自分が死んだことに気付いていないのだろうと感じました。かわいいお孫さんの帰りを、延々とここで待ち続けているのです。
——この老人が、今回の救出対象なのだろうか。
どうやって救出すればいいのか、正直迷いました。
そのとき、ふとひとつの考えが浮かびました。
「おじいさん、お孫さんは今日ここに来ることができないんです。それをお伝えするよう頼まれて、やってきました。お孫さんのいる場所までご案内しますので、一緒に来ていただけますか」
——これは、正直に言うと、その場しのぎで口にした言葉でした。
ところが、老人は疑うことも抵抗することもなく、私と一緒に行くことを承諾してくれました。
私は老人を抱えるようにして、ぴょんと軽くジャンプしました。すると、私たちはふわりと浮かび上がり、そのままどんどん上空へと昇っていきました。
「なんだ、お前さん飛べるのか」と、老人が驚いた様子で言いました。
そのまま、死者が本来行くべき場所へと連れて行くと、そこには老人の奥様が待っていました。老人は奥様を見つけると、私を振り返ることもなく、一目散にそちらへ向かっていきました。
——これで、救出は完了です。
この体験を通じて感じたのは、囚われている意識の多くは、悪意や恐ろしさとは無縁で、ただ「気付いていない」だけなのだということです。あの老人も、決して怖い存在ではなく、ただお孫さんを待ち続けていた、優しいおじいさんでした。
もちろん、これは私一人の体験であり、証明できることではありません。ただ、この体験を通じて、「地縛霊」や「浮遊霊」と呼ばれる存在への印象が、私の中で大きく変わりました。
成仏できない霊は、ある意味「気の毒」な存在
地縛霊にしても浮遊霊にしても、実はとても気の毒な存在なのかもしれません。本来行くべきところに行けず、この世とあの世の狭間、中途半端なところで囚われてしまっているのですから。
そうなってしまった霊も、好きこのんで囚われているわけではないはずです。本来なら「行くべきところ」にちゃんと行って、次の人生をスタートするのが望ましいのだと思います。
怖がらず、行くべきところに行けるようにする
こうした気の毒な状態にある霊を、囚われから解放してあげるのが、巷で言うところの「供養」というものなのだと思います。
「あなたはそこにいるべきではありません、ちゃんと行くべきところに行きましょう」と気付かせてあげる。そうすることで、その霊が本来行くべきところに移行していくことができれば、成仏できた、ということになるのだと思います。
できることなら、こうした「囚われ」の状態にいる意識を、一人でも多く「行くべきところ」に導いてあげたいものです。
まとめ
今回は、成仏できない状態とはどういう状態なのか、私自身の体験も交えながらお伝えしてきました。
生きている私たちからすると、成仏できていない霊は「地縛霊」や「浮遊霊」として認識されることが多いため、怖いと感じるかもしれません。
でも、彼らにしてみれば、好きこのんでそんな状態にいるわけではないのだと思います。ちゃんとあの世の「行くべきところ」に行けた方が、きっと良いはずです。
怖がってばかりいるのではなく、そうした気の毒な存在を救うということについて、少し考えてみるのも良いかもしれません。
救出の方法について興味を持たれた方は、以下の記事もあわせてお読みください。
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免責事項
本記事は筆者自身の体験や、一般的に知られている情報・スピリチュアルな視点をもとに構成されています。
記事内でご紹介している内容は、特定の宗教や思想を強制するものではなく、読者の皆さまがご自身の感性と照らし合わせながら自由に受け取っていただくことを意図しています。
あくまで「こうした見方もある」という一つの視点としてお読みください。
筆者プロフィール
Hiro(アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナー)
2008年よりヘミシンクを本格的に探究し、意識の拡張や内的成長をテーマに継続的に実践。
アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナーとして、これまでに延べ1,000名以上の参加者にプログラムを提供・ガイドしてきた実績を持つ。
現在は、スピリチュアルや意識の世界を探究するブログを複数運営中。
専門知識と体験に基づいた、初心者にもやさしい情報発信をモットーに、誰もが自分の内なる声とつながるきっかけづくりをサポートしている。


