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死ぬと無になるって本当?そう考えるととても怖い!

この記事を読むのに必要な時間は約 10 分です。

死んだら無になるって本当?

死について考えると怖くてしかたがない。

こういう人はとても多いのではないでしょうか?

なぜ「死」が怖いのでしょう?

それは死んだらどうなるのかが分からないからです。

でも、そう遠くない将来(恐らく数十年後)には、死はあなたにも確実に訪れます。

これは生きている以上、例外なくすべての人が体験することです。

自分も必ず通る道。

なのにそれがどういうものか分からない・・・

今回は死について、スピリチュアルな視点から考えていきたいと思います。

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死とは無になること?

人間、死んだらどうなるか。

これに明確な答えを出した人は、残念ながらまだ一人もいません。

なぜなら、死んだらどうなるのかは死んだ人にしか分からないからです(当たり前ですね)

もちろん、臨死体験で生死の境をさまよって生還した人たちの中には、死後の世界を見てきた、と証言する人も少なからずいるのも事実です。

事実ですが、彼らが見てきた世界が死後世界である、ということを確証を持って示すことは出来ません。

ツッコミどころ満載の「死の解釈」

このため臨死体験で見る世界が死後世界ではなく、脳が作り出した単なる幻想・妄想である、とするのが現代の科学のとる立場だと言えます。

そして科学は、人間は死ねば肉体のすべての機能が停止し、従って脳も機能停止する。

脳が機能停止すれば、脳が作り出していたあらゆるものもすべて消えてなくなる。

死、すなわち無である。

私たちは無から生じ、数十年のあいだ肉体として活動し、そして最後は無に帰す。

科学的にはその通りなんでしょう。

でも、あなたはこの説明で本当に納得できますか?

・無から生じるって?
・無に帰すって?

ツッコミどころ満載ですよね(笑)

そもそも、私たちはなぜ人間として生を受け、日々を過ごしながらさまざまな体験を続けるのでしょうか?

やがて無に帰すのであれば、毎日の体験や努力に、何の意味があるのでしょうか?

無から生じて無に帰すのであれば、その目的は?

なにも説明出来ません。

科学者は言うでしょう。

それは科学の扱う分野ではない、哲学や宗教が扱うべき分野だ。

これもその通りだと思います。

ですが私たちはこうした研究者の研究分野の区分なんて全く関係なく「人間」として生きて日々を過ごしているんです。

科学で説明がつかなくても、毎日なにかを感じ、感動し、夢中になり、没頭する。

そうして月日が流れ、私たちはやがて年老いて、死んでいく。

科学が言うように、死が本当に「無に帰す」ことだとしたら、私たちの人生って何の意味があるのでしょうか?

哲学的解釈に対する「違和感」

また哲学では、私たち一人一人が生きる意味について考えます。

限りある人生を有意義で実り多いものにするために、私たちはいかに生きるべきか?

言いたいことは分かりますが、最後は無に帰すんです。

どんなに有意義で充実した人生を送ったとしても、最後は無。

確かに与えられた人生を精一杯に生きることは何よりも大事なことだと、私も思います。

でも、最後は無に帰す、という一点があるがゆえに、どうしても違和感を抱いてしまう。

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死ぬと無・・・どうしても意味が分からない

こうした疑問、違和感は「最後は無」という結論に起因するわけで、これがある以上、絶対に解決しないと思うんです。

死ねば無に帰す・・・これって、本当?

人間が生きることにおいて、そのすべてを台無しにしているこの結論そのものが間違っているのではないでしょうか?

もしかしたら、死は無に帰すことではない・・・かもしれない。

私は若いころ、死について異常なほどの恐怖を抱いていました。

死んだら無に帰すって言うけれど、無に帰すとどうなるの?

無って?

無ってどんな感じなの?

それが無である以上、無は無です。

何もない、何も感じない。

それが無。

自分が将来、死んだときに必ず体験する、この無というものが、どういう感じなのか・・・いくら考えても調べても答えは見つかりませんでした。

無なんだから、体験だって無だ・・・だからそれを自分はどう感じる?

死んだら何もかもが消えてなくなってしまう、ということがどういうことなのか、いくら考えても分からない。

分からないということが、ものすごく怖かった。

どうなるのかも分からない死という状態に、自分も将来必ずなる・・・怖くないですか?

そしてある日、私はその答えを見つけました。

ある「出会い」がすべてをひっくり返す

暇にまかせて本屋に行って、ぶらぶらしているときに1冊の本が目にとまります。

「死後体験」というタイトルの本でした。

ん?

死後体験?

死後の体験?

・・・死後って、死んだら無に帰すんじゃないの?

だったら体験だって無いはずじゃ・・・

私の興味がムクムクと膨らんでいきました。

その本を手に取り、パラパラとやります。

なになに?ヘミシンク?

そこには著者がヘミシンクと呼ばれるアメリカで開発された音響技術を使うことで得られる体験について細かく書かれていました。

ヘミシンクを使うことで、体外離脱や時空を超えた体験、死後世界の探索が可能だ、と書いてあります。

マジかよ!

と思いました。
そして、

でも本当だったらすごいな・・・

とも思いました。

私はその本を購入し、むさぼるように読みました。

そこには、私が求めていた答えがありました。

科学と違うこと言ってる

人間は肉体だけの存在ではない。

人間は肉体を超えた存在であり、意識は肉体とは別に独立して存在している。

え、科学とちがうこと言ってる・・・

科学では人間は肉体そのものであり、意識は肉体の一部である脳が作り出したもの。

だから肉体が機能を失えば(すなわち死ねば)脳も機能停止し、意識も消えて無くなる。

ところがヘミシンクでは、肉体と意識は別物だとしている。

通常は肉体と意識は同化してそれぞれが別のものという感覚は無いが、意識は肉体から離れることが出来る。

肉体は有限であるために、数十年経つと機能しなくなる(これが死)

でも、意識は無限であり、肉体が機能しなくなるとその肉体から離れ、物質の存在しない世界へと移行する。

この「物質の存在しない世界」がいわゆる「死後世界」であり、ヘミシンクを使えば、独自に開発された特殊な音(ヘミシンク音)を聴くだけで、死後世界を垣間見ることが出来る。

と、まあこんなことが書かれている本でした。

そして著者自身がヘミシンクを開発したアメリカの研究機関を訪れ、そこで実際にヘミシンクを体験し、その体験も詳細に紹介されていました。

ヘミシンクについての詳細は以下の記事に詳しく説明していますので、併せてお読みくださいね。

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ヘミシンクとは。聞き慣れない言葉だけどどのようなものだろう?

 

私にとって、この本との出会いはとても大きかった。

この本がきっかけで、私はヘミシンクにのめり込み、現在は公認のヘミシンク・トレーナーにまでなってしまいました(笑)

ヘミシンクを知ったことにより、私が若い頃から長年探し続けていた「死んだらどうなる」という疑問の答えを得ることが出来ました。

死は決して無ではない。

そのことは、私自身もヘミシンクによって体験しています。

死が本当に無に帰すことではないのなら、死んだらどうなるのか?

これが次の疑問ですよね?

このへんにつきましては本ブログの「死後の世界」カテゴリにていくつもの記事で説明していますので併せてお読みくださいね。

関連カテゴリ:死後の世界

 

まとめ

今回は、死と死んだらどうなるか、について私の体験談も交えて説明してきました。

死は決して無に帰すことではない、というのが私の結論です。

そう考えてはじめて、人生の意味も正しく理解できるのではないでしょうか?

 

ということで、今回はこのへんで。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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