PR
スポンサーリンク

難病になる人のスピリチュアルな視点で見た特徴とは?巷で言われる難病のスピリチュアルな意味は本当か

記事内に広告が含まれています。

難病になる人のスピリチュアルな特徴とは?

さまざまなスピリチュアルの専門家たちが

「難病になってしまうのはスピリチュアルなメッセージ」と言っています。

難病とはひとことで言うと「治療法の分からない不治の病」のことですが、世界中にはこうした難病が数千あると言われています。

日本国内でも法律で規定されている指定難病が338あります。

この中でも特に症例数が少なく、発症のメカニズムも分からないため治療方法も確立されていない、さらに生活していく上で長期間にわたり支障のある130疾患を特定疾患と呼んでいます。

多くのスピリチュアル専門家がこうした難病に罹患してしまうのにはスピリチュアルなメッセージがあると言うのですが、私にはこうした主張を素直に受け入れることが出来ません。

確かにスピリチュアルな視点で考えれば、何らかの「意味」はあるのかもしれませんが、それをアカの他人が訳知り顔で「あなたへのスピリチュアルメッセージですよ」なんて言ってのける人たちに強い違和感を感じずにはいられません。

今回はそうしたある種「無神経」で「無責任」で「無遠慮」なスピリチュアル専門家たちの言う「メッセージ」について一刀両断にしてみたいと思います。

 

スポンサーリンク
スポンサーリンク

難病の意味をスピリチュアルに考えると

症例数も少なく原因も治療法も分からない難病になってしまった人たちは、恐らくそうした病気の経験のない私たちには想像できない大きな試練を背負って生きていることでしょう。

何故自分が、どうして自分だけ・・・

そういう思いに苛まれ一人でもがき苦しんでおられる人も少なくないでしょう。

医学的にはそうした難病になってしまう原因が解明されていないわけですが、スピリチュアルの一部の専門家はそうした難病になるのは「自分の内面に抱えている問題が表面化してくる」ためだといいます。

・悪い霊に取り憑かれている
・エネルギーの波動が下がり病気になる
・ネガティブな感情が病気を引き寄せる

とまあ、なんだか訳の分からないことを尤もらしく言うわけです。

まずはそういう「一部のスピリチュアル専門家」たちの主張する、難病になる人の特徴から見ていきましょう。

 

過度のストレス(ネガティブな感情)が難病を引き起こす

怒りや恐怖、悲しみなどのネガティブな感情が強くなると肉体を取り巻くアストラル体のエネルギー循環に支障が生じ、それが原因となって肉体の健康バランスが崩れてしまうんだそうです。

こうしたネガティブな感情が過度に強くなると難病になることがある、と。

しかしこの説明には無理があります。

なぜならアストラル体というエネルギーの層についてはスピリチュアルの世界でも共通した見解がなされているものではないからです。

私もスピリチュアルの専門家の端くれですが、このアストラル体が何を指しているのか明確に理解していません。

アストラル体とかエーテル体とか、スピリチュアルの専門家たちは好んでこうした表現を用いますが、かれらはこうしたエネルギーについてどこまで理解しているのでしょうか?

先人の残した書物などから情報として得ることは出来ますが、その実在を見たり感じたりしたことはあるのでしょうか?

私の専門はヘミシンクですが、ヘミシンクはどのスピリチュアルよりも実践的ですから自分で知覚したり体験したり出来ないものに関しては明確に肯定することはありません。

そういう意味からすると、ここでいうアストラル体というのは「意識の一部」のことを指しているんだろうとは思いますが、私の理解・認識している「意識の一部」はネガティブな感情で支障が生じたり、それによって肉体に影響を及ぼす類のものではありません。

スピリチュアルではなく医学的な観点*から、過度なストレスが細胞にダメージを与えるというのなら話は分からないではないのですが、それをアストラル体とかいう、言っている本人すらよく理解出来ていないもののせいにするのはどうかと思いますが。

*ストレスが細胞へダメージを与えるというのはあくまで一般論であり、そのダメージが難病の原因であるという医学的な確証はありません。

 

 

過去世から続くカルマが原因で難病になる

難病になるのはカルマが深く関わっている、という人がいます。

カルマとは仏教で言うところの「業」のことで、良くも悪くも自分の行いはめぐり巡って自分に返ってくる「因果応報」を表す言葉です。

これは現世の行いにとどまらず、あなたの前世や過去世での行いが原因となってしまうこともあるとされています。

つまり前世や過去世のカルマを清算するために難病になるんだそうです。

こうした考え方を否定しませんが、それでも強い違和感を感じてしまいます。

何に強い違和感を感じるかというと、そうしたカルマが難病の原因になっているとしてもそれをなぜアカの他人であるスピリチュアルの専門家さんが言うのですか、という点です。

私は事あるごとに言っていることですが、専門家とか霊能者とか言う人たちの言うことを手放しで信じるべきではありません。

なぜならそういう人たちが言っていることが真実かどうかを確認する術がないからです。

もしそういう人たちに診てもらうなら、信じるに足る確証をもらうようにすることをオススメします。

例えばあなたしか知りようのない事実について尋ねてみるとか、その人が本当に「見えている」証拠を求めることです。

ほとんどの専門家や霊能者はそうした確証を示すことが出来ません。

その理由はもうお分かりですよね?

 

先祖の因縁

先祖の思いや行いなどの「因縁」が難病を引き寄せてしまうことがある、という人もいます。

こうした話を平気でしているスピリチュアルの先生も「なんだかな」と思います。

前世とか過去世が影響しているというのならまだしも、先祖の因縁って・・・

血縁とは言っても完全にあなたとは分離した存在ですよ?

血縁が影響するのなら、世界中の人は大元までたどればみんな繋がっているわけで、こうした理屈が意味をなさないものだと言うことが理解出来るでしょう。

確かに、生前に苦しみながら一生を終えた人の意識がなかなか成仏できないことはあると思いますが、それとあなたが難病になることとは100%無関係ですから。

はっきり言いますが、先祖の因縁と難病は関係ありません。

 

学びのために難病になることを決めて生まれてくる

何度も生まれ変わりながら魂のレベルが上がってくると、より難しいテーマで人生を生きてみようと敢えて難病になることを選んで生まれてくることがあるといいます。

自分自身がより困難な状況のもとで人生を全うすることで魂のレベルを高める、という意味合いもありますし、難病のあなたを取り巻く家族や友人知人の魂にも影響を与えますから、そういう「より大きな意味」で難病になることを選ぶこともあるんだそうです。

これについては生まれ変わりの意味を考えるとあながち間違っていないとは思いますが、それでもやはりアカの他人が言うことではありませんよね?

こういうことは本人が自分で気付くところに意味や価値があるわけで、それを周りにいる人たちがとやかく言うべきではないと私は思います。

 

自分の人生を生きていない

あるメンタルトレーナーは「人は自分の人生を生きていないと病気になる」といいます。

メンタルトレーナーという立場からの発言だとは思いますが、これはスピリチュアルな視点で考えると的外れも甚だしいです。

どんな人生であれ、自分が気に入った気に入らないにかかわらず、それが「自分の人生」だと考えるのがスピリチュアルの立場です。

こう生きたい、と願っていてもそう生きられない・・・

だとしても願ったように生きられないのが「自分の人生」なんです。

ですから、思い通りの人生を生きられないからと言ってそれが難病の原因になるというのは飛躍のしすぎと言わざるを得ません。

コーチングとかカウンセリングじゃあるまいし、人生なんてそんな「頭で考えた」通りになるものではありません。

私たちは思い通りに生きられないことから様々な学びを得るものですから。

 

 

おいおい、スピリチュアルだったら何でもありかよ!

幾つかの難病になる「スピリチュアルな意味」について見てきましたが、こうしたことを平気で言っている人たちにはっきりと言いたいことがあります。

それは、

スピリチュアルだったら何でもありかよ!

こういう人たちって、スピリチュアルっていえば何でも言っていいと思っているんではないでしょうか?

ほんと、いい加減にして欲しいです。

 

スピリチュアルの世界を徘徊する大嘘つきの先生たち

とはいうものの、こうしたことを言うスピリチュアルの先生はたくさんいます。

そして彼らの多くは「よかれと思って」言っているんです。

こうしたことを発信していくことで、少しでも難病に悩んでいる人たちの助けになれば良い・・・そうした善意から言っているんだと思います。

だから余計にたちが悪い。

よかれと思って適当なことを言うんですか?

先祖の因縁?

そんなことを言われて先祖の供養をしっかりとしたら難病が治った?

どうして難病が治った理由が先祖供養だと言えるんですか?

まあ結果として直ったのならそれはそれでいい、という理屈もあるかもしれません。

しかしそんなことは万に一つあるかないかでしょう?

テキトーなことを言ったらそれがたまたま難病が治るのと重なった。

それだけのことです。

でも私たちはそんな「まぐれ」を期待しているのではありませんよね?

もしも難病になる確固たる理由があるのなら、それを知りたい。

少なくとも私は先祖の因縁が原因だと言われて先祖供養をし直したら難病が治ったなんて話しをこれまで一度も聞いたことがありません。

自分の学びのために敢えて難病になることを選んで生まれてきた?

なんでそれがスピリチュアルの先生に分かるのでしょう?

そういう能力があるから?ならば確証を見せてもらいましょう。

見せられない先生なら確実に「偽物」ですよ?

もう、そういう大嘘つきとの付き合いはやめにしませんか?

 

スピリチュアルにどれほどの力があると思っているのか

こういう人たちって、スピリチュアルにどれほどの力があると思っているのでしょう?

世界的に知られている霊能力者にしても、霊視が当たることなんてほんの僅かだと言います。

能力がある人でさえ、そんなもんなんです。

難病の原因をスピリチュアルな視点で一般化しようなんて、はっきり言っておこがましいです。

そういう人たちが数多くいることが、そもそもスピリチュアルを「キワモノ」扱いされる原因になっていると言うことに気付くべきです。

目に見えない世界を扱うのがスピリチュアルですから、ともするといくらでもテキトーなことが言えてしまうしまかり通ってしまいます。

だからこそ、受け手の側がしっかりする必要があるんです。

 

情報の取捨選択は慎重に

事ほど左様に、ネットには数多くの情報が散乱しています。

その中には正しい情報もあれば間違った情報もあります。

そして間違った情報の中にも悪意のあるものと悪意のないものがあります。

そうした多くの情報の中からあなたにとって本当に価値のある情報を取捨選択することがとても重要です。

残念ながら、情報には「これが正しい情報だよ」とか「これはおまえを騙そうとする悪意のある情報だぞ」なんて書いてありません。

それを判断するのはあなた自身しかいないんです。

情報を疑うことなしに鵜呑みにするのではなく、慎重に取捨選択することが大切です。

 

結局のところ

今回は、難病になる人のスピリチュアルな意味について解説してきました。

多くのスピリチュアル系サイトがいかにテキトーでいい加減なものかご理解いただけましたか?

原因も明確な治療法も分からないのが難病なんです。

それは医学的にもスピリチュアルでも同じこと。

ひとつ言えることは、難病になってしまったときにその意味と理由を自分なりに納得できるまで考えてみるのは大事なことだと思います。

いたずらに他人の意見を求めてネットを徘徊しても答えは得られません。

 

ということで、今回はこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

タイトルとURLをコピーしました