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スピリチュアルにはまる人は頭悪い?一理あるが的外れなこと言ってるって気付かないのはどうよ?

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スピリチュアルにはまる人は頭悪い?

スピリチュアルにはまる人は頭悪い。

最近インターネット界隈でときどき見かける書き込みです。

私自身がスピリチュアルの専門家ですから、そういう意味では誰よりもスピリチュアルにはまっているわけで、頭悪い人の代表みたいなもんですが。笑

こういう話に真面目に乗っかる必要は全くないのですが、客観的になって彼らの言い分を聞いてみると「なるほど一理ある」と思える部分もなくはないわけで。

そういう、一種の誹謗中傷を平気で展開する人たちの方が相手に対する思いやりの無さとか考えるとよほど頭が悪いと思いますが、それでもそういう人たちの言うことも真摯に耳を傾けてみるべき部分はある・・・そう思う次第です。

というわけで今回はスピリチュアルにはまる人が頭悪いと言われる所以について考えてみたいと思います。

 

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なぜスピリチュアルにはまる人は頭悪いと言われるのか

さて、インターネット界隈の「スピリチュアル頭悪い」「スピリチュアル頭おかしい」との書き込みをする人たちはなぜ、そういう誹謗中傷を繰り返すのでしょうか?

彼らに共通するのは「スピリチュアルには客観的根拠がない」という点を突いてきます。

例えば占い師の占った内容には客観的根拠は・・・ありません。
霊視する人が見たものに客観的根拠は・・・ありません。
体外離脱体験に客観的根拠は・・・ありません。

事ほど左様に、スピリチュアルのほとんどは客観的根拠を示すことは出来ません。

嘘か本当かは「信じるか信じないか」

これ以外に判断の基準はないんです。

そんなものに夢中になること自体が頭悪い、いくらスピリチュアルを信じたところで誰も幸せになれない、そんなことやってる暇があったら生産性のあることでもしろ!

とまあ、そういうことなんでしょう。

こうした言い分の全てを否定するつもりはありません。

客観的根拠がないのは事実ですし、スピリチュアルを信じたからって幸せになれる保証なんてどこにもありません。

そういう意味では彼らが言っていることは強ち間違ってはいません。

きっと彼らは毎日頑張って生きているのでしょう。

少しでも豊かになるために身を粉にして働いて、嫌な上司でも我慢して忖度し誰よりも早く出世を目指しているのでしょう。

そうすることで経済的にも社会的にも豊かになれる、そう信じて頑張っているあなたのすぐ横でスピリチュアルにはまった人が「ツインソウルとの出会いを引き寄せるために」とか言いながら仕事も中途半端にせっせと瞑想にふけっている・・・

おまえなぁ・・・いい加減にせぇよ・・・

と思う気持ちは分かります。

しかしですよ、よく考えてみてください。

これって価値観の違いのようなものでしょう?

あなたは経済力と社会的地位が幸せになるために必要なものだと信じている。

スピリチュアルにはまる人は魂の浄化が幸せには必要だと信じている。

これってどっちが良いとか悪いとか言う話じゃないと思いませんか?

スピリチュアルにはまる人の多くは、経済力はそこそこあれば良いし社会的地位なんて意味のないものだと思っているため、あなたのように仕事一筋に頑張るようなことはしないでしょう。

毎日頑張っている人がそんな人たちを見れば「なに呑気にお花畑で遊んでんだ」って思うかもしれませんね。

 

アンチスピリチュアルたちの論調

こうした「考え方の違い」に関しては人それぞれですから、それを取り上げて頭悪いとか頭おかしいとかいうのは失礼な話です。

しかしスピリチュアルにはまる人の中には「スピリチュアル依存症」とでも言うべき人も少なからず存在します。

そういう人は占い師の言うことは全て真に受けて、西の方角が吉方だ引っ越した方がいいと言われれば盲目的に引っ越してしまったりとか、黄色い財布は金運アップに良いとか言われればすぐに黄色い財布を買います。

さらに魔除け厄除けのお札とか、幸せを呼び込む壺とかを目が飛び出るような金額でも平気で購入したりします。

スピリチュアルにはまっていない人がそういう人たちをみれば「あの人たちヤバいっしょ」と思うのは当然ですよね。

こうしたスピリチュアル依存とでも言うべき人たちがいるために、そうではない「スピリチュアル一般人」たちまで変な目で見られているんです。

ほとんどのスピリチュアルにはまっている人たちは、依存症のような人たちではありません。

もちろんスピリチュアルにはまっているわけですから、目に見えないものの存在とか客観的根拠のない現象に関しても興味を持っているのは勿論ですが、そういった世界があると言うことを信じているだけで科学や現実を無視することはありません。

そういう意味ではとてもバランスのとれたオープンな考え方をする人たちと言えます。

自分たちの考えに合わないからと言って「頭悪い」とか「頭おかしい」なんて決して言いませんし。

もちろん、占い師に診てもらった内容に従って引っ越したり高額の壺を買うなんてこともしません。

 

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一理ある指摘と的外れな指摘

スピリチュアルによって幸せになった人を見たことがないと言い切る人がいますが、これってすごく偏ったものの見方と言わざるを得ません。

たしかに人が幸せになるかどうかに関して、スピリチュアルは関係ありません。

スピリチュアルが人を幸せにしたり不幸にしたりするわけではありませんからね。

幸せになるか不幸になるか、それを決めるのはあなた自身です。

幸せになれたのはスピリチュアルのおかげとか、不幸な人生を送る羽目になったのはスピリチュアルのせいだとか、そういうことを思う方がおかしいんです。

だってそうでしょう?

死に物狂いで頑張って出世して経済的にも豊かになったからって、すべての人が幸せですか?

頑張ることや社会的地位、経済力があなたを幸せにするわけではないですよね?

そんなこと誰だって分かっている筈なんですが、なぜかスピリチュアルに関しては頭悪いとか言われてしまう・・・

自分以外の「なにか」があなたを幸せにしてくれるという考えは的外れと言わざるを得ません。

 

頭悪いと言われても仕方がないスピリチュアル信者たち

それでも「頭悪い」「頭おかしい」と言われてしまうのは、やはりスピリチュアル依存症の人たちが原因なんでしょう。

彼らはある種のカルトろ言えるかもしれません。

自分たちの考えが正しい、他の人たちの考えは間違っている、だからみんな自分たちのように考えるような世のなかになるのが理想・・・

こうした考えをするとすれば、それは「頭悪い」「頭おかしい」と言われても仕方がないと思います。

こうした多様性を無視した考え方は世の中を分断していきます。

分断は争いを生み、世の中が荒んでいきます。

ですからまずは、相手の考えや価値観を認め合うことが大切なんです。

良いじゃないですか、自分と違った考え方があったって。

自分が他の人と違った価値観を持っていたとしても、自分は自分、他人は他人。

そこを外さなければ誰とでも仲良くやっていけると思うんですけどね。

 

結局のところ

今回はスピリチュアルにはまる人は頭悪いと言われる理由について詳しく説明してきました。

スピリチュアルにはまることと頭の善し悪しには何の関係もありません。

各個人の考え、価値観、生き方の問題であって、スピリチュアルをひとまとめにして議論しようとすること自体がおかしな話なんです。

スピリチュアルにはまる人は頭悪いとか言っている人たちの方が、頭悪いし頭おかしいと思いますよ。

そのことに気付いてほしいものです。

 

ということで、今回はこの辺で。
最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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