PR

魂年齢の調べ方はあるのか?ヘミシンクの体験から考えてみる

記事内に広告が含まれています。

魂年齢の調べ方はあるのか?

「あの人は魂の年齢が高いね」
「彼は魂のレベルが低い」

そんな言葉を、スピリチュアル系のブログやSNSで見かけたことはありませんか。

「魂年齢の調べ方」を検索する方も多いようですが、今回は少し立場を変えて、そもそも魂に年齢という概念を当てはめること自体、私には無理があるように感じられる、というお話をしたいと思います。

長年ヘミシンクを通じて非物質世界を探索してきた立場から、私なりの理解をお伝えしていきます。


\いま話題の商品をランキングでチェック/ 楽天ランキングペ ージはこちら<PR>

\楽天スーパーDEAL|人気ブランドもポイント高還元!毎日更新中/ 楽天スーパーDEALはこちら<PR>


「魂年齢」とは、どう説明されているのか

魂の年齢について説明しているサイトを見てみると、「魂の質」や「生まれ変わった回数」といった説明がされていることが多いようです。

人は何度も生まれ変わりを経験することで魂が成長していき、その成長度合いが「魂年齢」や「霊格」として表れる——そういった説明が、多くのブログで見られます。

私自身、こうした説明をネットで数多く見てきました。ただ、非物質世界を長年探索してきた経験に照らすと、この説明には根本的な違和感があります。


そもそも「年齢」とは何かを考えてみる

年齢とは、「生まれてからの経過年数」のことです。「私は30歳です」というのは、生まれて30年が経ちましたという意味ですね。

では、「魂の年齢」とはどういう意味なのでしょうか。魂が生まれてからの経過年数、ということでしょうか。だとすれば、魂はいつ生まれたのでしょうか。

私たちは無意識のうちに、「年齢」という言葉を人間の年齢と同じ感覚で使ってしまいがちです。その結果、「魂年齢が高い」と聞くと、なんとなく魂が成熟しているように感じてしまいます。

でも、そもそも魂がどういう存在なのか、私たちは十分に理解できていません。それなのに、そこに「年齢」という、生まれてからの経過時間を示す概念を当てはめること自体、私には無理があるように思えます。


「魂年齢の調べ方」として語られる段階システムについて

魂年齢を説明するブログの中には、生まれ変わる回数に応じて、乳児期・幼児期・若年期・成人期・老年期といった段階に分かれる、という説明をしているものがあります。

たとえば、

乳児期は「まだ経験の浅い、原始的な段階」
幼児期は「権威を敬う段階」
若年期は「権力や競争を求める段階」
成人期は「哲学的な問いに向き合う段階」
老年期は「宇宙における自分の存在意義を追い求める段階」

といった具合です。

こうした説明の中には、特定の民族や地域を「未熟な段階」に位置づけるような主張も見られることがあります。私はこうした記述に、強い違和感を持っています。魂の話をするときに、現実の人間集団を序列化するような発想を持ち込むこと自体、私にはとても危ういことのように感じられるのです。

こうした段階システムを冷静に見てみると、実は「人が生まれてから死ぬまでに経験する、人生の成長過程」とほとんど同じ内容だと気づきます。人が大きな病気や怪我なく天寿を全うすれば、こうした流れに沿った学びは、一つの人生の中で経験できてしまう内容なのです。

これを「魂の年齢」として、生まれ変わりの回数と結びつけて説明することに、私は納得できません。


魂に年齢もレベルもない、と私が考える理由

魂とは、どんなものだと思いますか。どのくらいの大きさで、どんな形をしているのでしょうか。どこで生まれて、どのくらい生き続けるのでしょうか。

こう問われると、誰も明確には答えられないと思います。なぜなら、魂には形がないからです。形がない、つまり物質ではない——言い方を変えれば、非物質です。

私がヘミシンクを通じて感じてきた非物質世界には、時間も空間も存在しません。時間も空間も、物質世界特有の概念だからです。それを非物質世界に当てはめること自体、そもそも無理があるように、私には思えます。

年齢とは、生き物が生まれてから今日までの年数のことですから、これは完全に物質世界にしか通用しない概念です。魂レベルや霊格という、生まれ変わりを繰り返して学びを重ねるという考え方も、突き詰めれば「時間の経過とともに成長していく」という、時間を前提にした発想です。

つまり、魂年齢も魂レベルも、非物質であるはずの魂を、物質世界にしか存在しない「時間」というスケールで説明しようとしている——ここに、根本的な矛盾があると私は考えています。


時間という概念を外すと、見えてくる世界が違ってくる

非物質世界には、時間という概念も空間という概念もありません。つまり、時間の経過も、場所(近い・遠い)という概念もないのです。

生まれ変わりというのは、魂(意識)が肉体と同化して物質世界を経験した回数のことを指しますが、この「回数」という考え方自体、実は物質世界的な発想に過ぎないのではないか、と私は感じています。

私たちは人間として生きている以上、完全に物質世界の生き物です。だからこそ、何でも物質的なものの見方で理解しようとしてしまいます。「何度も生まれ変わりを繰り返している」という発想も、私たちが物質世界の視点から見たときの理解に過ぎないのかもしれません。

前世は過去、来世は未来、現世は現在——これは、時間という概念を前提にした考え方です。でも、その時間という概念を外してしまうと、過去・現在・未来という「順番」そのものが意味をなさなくなります。

非物質世界から見れば、過去も現在も未来も、すべてが同じことなのかもしれません。こう考えると、「生まれ変わりを重ねて霊格が高まる」という、時間を軸にした考え方が、いかに前提から揺らいでいるかが見えてきます。


魂は、成長を求めているのだろうか

魂年齢や霊格の話には、しばしば宗教的な色合いを感じます。

「ネガティブからポジティブへ」
「利己主義から利他主義へ」

低い者は未熟で、高い者は成熟している、という構造は、人間社会が集団をまとめるために生み出してきた考え方に近いものを感じます。

宗教そのものを否定するつもりはありません。ただ、その考え方を魂という非物質の存在にそのまま当てはめてしまうのは、少し強引なのではないかと私は思います。

私の理解では、非物質世界には善悪という概念も、未熟・成熟という概念も存在しません。魂が生まれ変わるのは、成長を求めているからというより、むしろ純粋な好奇心によるものなのではないか、というのが私の感覚です。物質世界でのさまざまな経験がもたらす刺激や変化そのものが、面白いから——それだけのことなのかもしれません。


魂年齢を調べようとするより、大切にしたいこと

自己啓発やコーチングの分野で「成長」を語ることには意味があると思います。ただ、魂についてまで「年齢を重ねて霊格を高める」という発想を持ち込む必要は、私はないと感じています。

学びや成長は、今回のこの人生を通して、自分自身のペースで得ていけば十分なのではないでしょうか。

魂年齢を調べようとする時間があるなら、今の自分の心とどう向き合うかに目を向ける方が、ずっと意味があると私は思っています。人生はせいぜい数十年です。その瞬間瞬間を、自分らしく味わうことの方が、大切なのではないでしょうか。


まとめ

「魂年齢の調べ方」を探している方には、拍子抜けする結論かもしれません。私の理解では、魂に年齢という概念を当てはめること自体に、そもそも無理があります。

もっともらしく聞こえる説明ほど、一度立ち止まって考えてみる価値があると、私は思っています。

あなたは、「魂の年齢」という言葉を聞いたとき、どんなことを感じますか?


免責事項

本記事の内容は、筆者の経験と思想に基づく見解です。
特定の宗教・思想・団体を推奨するものではなく、健康・医療・金銭・法律上の助言を意図するものではありません。
読者ご自身の信念や感性に基づいて、ご参考としてお読みください。


筆者プロフィール

Hiro(アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナー)
2008年よりヘミシンクを本格的に探究し、意識の拡張や内的成長をテーマに継続的に実践。
アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナーとして、これまでに延べ1,000名以上の参加者にプログラムを提供・ガイドしてきた実績を持つ。
現在は、スピリチュアルや意識の世界を探究するブログを複数運営中。
専門知識と体験に基づいた、初心者にもやさしい情報発信をモットーに、誰もが自分の内なる声とつながるきっかけづくりをサポートしている。

タイトルとURLをコピーしました