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死んだら記憶は消えるのか?科学が語らない”その先”について

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死んだら記憶は消えるのか?科学が語らない”その先”について

人間、死んだらどうなるのか。

死後の世界に関しては、科学をもってしても合理的な確証を示して「こうだ」と明言することができません。

現代社会は科学的な説明を重視する傾向が強く、科学的に説明の付かないことは認めない、という立場をとる方が大勢を占めています。このため、死後世界に関しては「存在しない」と考える方が多いのが現状です。

でも、私はこの考え方には慎重であるべきだと思っています。

科学で説明が付かない物事に関しては、「存在しない」ことも証明できていないのです。ですから死後世界は存在しないのではなく、「存在が確認できていない」というのが、より正確な表現だと私は考えています。

死後世界に関しては数々の疑問が答えの出ないままになっていますが、中でも「死んだら記憶はどうなってしまうのか」という点が気になる方は、とても多いと思います。

今回は、私自身の体験も交えながら、死んだら記憶はどうなってしまうのかを中心に、死後世界の数々の疑問について考えていきます。


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私が「死」について考え始めたきっかけ

私が死について本格的に考えるようになったのは、高校生の頃です。

同級生とその友人が、立て続けに亡くなりました。一人は事故で、もう一人は自殺でした。特別親しかったわけではありません。それでも、つい先日まで同じ高校に通っていた、自分と同じ年齢の人間が、二人も突然この世からいなくなってしまった——その事実に、大きな衝撃を受けました。

「人間は、こんなにも簡単に死んでしまうのか」

そう肌で感じてから、「死んだらどうなるのか」という問いが、頭から離れなくなりました。当時はインターネットもなく、書店や図書館で調べられる限り調べましたが、明確に答えてくれる本はどこにもありませんでした。

調べても、考えても、答えが見つからない——それが、当時の私にとって、途方もない恐怖でした。夜も眠れず、布団の中でのたうち回る日々が続きました。

この体験について、詳しくは以下の記事でもお伝えしています。

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今回は、その後ヘミシンクを通じて私なりに得た理解をもとに、死に関するさまざまな疑問について、お伝えしていきたいと思います。


死についてのいくつもの疑問

そもそも人は、なぜ生まれ、死んでいくのでしょうか。

生命というもの自体、突き詰めて考えれば考えるほど、簡単には理解できません。生物としての研究は物理学、生物学をはじめとした自然科学で続けられていますし、思考に関しても心理学や哲学などで古くから研究されています。しかし、死そのものに関しては、なかなか研究が進んでいないのが現状です。

死とは、生物としての機能停止を意味し、肉体がこれ以上活動することができなくなった状態です。肉体という意味では、死イコールすべての終焉となる——ここまでは、多くの方が認めることだと思います。

しかし、死に関してはまだいくつもの疑問が残されています。死後、意識はどうなるのか。死んだら生前の記憶は残るのか。死は無に帰すというが、無とは何か。死んだら先立った人に会えるのか。死んでまた生まれ変わることはあるのか——これらの疑問のどれひとつとして、現状の科学は答えを出せていません。

科学で答えが出せないのには理由があります。科学は「形のあるもの」を究明する学問だからです。形があるから観察も測定もできますし、変化を追うこともできます。でも、死に関するこれらの疑問は、どれも「形のない」ものに関する疑問です。形のないものは、観察することも変化を見ることもできません。

現状の自然科学では、形のない死に関しては手が届かないというのが実情です。それを「科学で説明できないものは存在しない」と断定してしまうのは、少し性急なのではないかと、私は感じています。研究分野が異なるだけで、説明できないのは、ある意味当然のことなのです。

こうした「形のないもの」を扱う分野として、スピリチュアルな視点があります。ここからは、そうした視点から死に関するさまざまな疑問について、考えていきたいと思います。


死んだらどうなる

死後の世界を認めようが認めまいが、すべての人に必ず死は訪れます。これだけは確実なことです。

多くの方が気になるのが、「死んだらどうなるか」ということだと思います。これに関しては、代表的な言説がいくつかあります。それぞれ見ていきましょう。

無になる、という説

一般的に最もよく言われるのが、「死んだら無に帰す」という説です。科学の基本的なスタンスは「人間は肉体である」というものです。肉体がすべてであり、肉体が機能しなくなるのが死である、という考え方です。

死ぬとは、心臓が停止し、全身に血液が流れなくなり、肉体に酸素が供給されなくなることで、肉体すべての機能が停止することです。当然、脳も機能を停止するため、これまでの体験や記憶、感情のすべてが、脳の機能停止とともに消えてしまう——そう説明されます。

無になることへの、私の違和感

正直にお伝えすると、私はこの「無になる」という説明に、強い恐怖と同時に、違和感を持ってきました。

「無」とはどういう状態なのか、いくら頭で考えても答えが出ません。死が無に帰すことだとした場合、自分では決して理解できない「無」という状態になってしまう——これは、私にとって高校生の頃から、ずっと怖いことでした。

でも、よく考えてみると、ここには論理的な矛盾もあるように思えます。

私たちの経験・記憶・感情——つまり「意識」は、もともと形がありません。形がないものに関しては、科学は生きているときからその存在をうまく説明できていませんでした。だからこそ、脳のある部位に格納されているという説明がなされてきたのだと思います。

確かに、脳のある部位を刺激すると特定の感情が現れたり消えたりする、という実験結果はあります。ただ、それをもって「その部位が人の感情を司っている」と結論づけることに、私は完全には納得できていません。

意識は最初から形がないのに、私たちはその存在を認識しています。だとすれば、無という状態も、何らかの形で認識できる可能性があるのではないか——そう感じています。

スピリチュアルな視点から見た「無」

形あるものは、その性質が変化しても消失することはない、という科学の説明に、私は異存ありません。しかし、最初から形のなかったものに関しては、科学は何も言及できていないのではないでしょうか。

人間が肉体のみの存在であるなら、死によって肉体が別の物質(水蒸気や熱、灰など)へと変化するというのは理解できます。しかし、意識が肉体の変質とともにどこへ行くのかについては、何も説明されていないように思います。

スピリチュアルでは、意識は肉体とは別物であると考えます。肉体とは別物ですから、肉体の生死に関係なく、意識は常に意識であり続けます。脳に蓄積されているのではなく、脳が何らかの方法で非物質である意識と交信し、情報を得ている——そう考えられています。

つまり、意識の主体は肉体にあるのではなく、物質の存在しない世界(非物質世界)にあり、そこと繋がって情報のやりとりをしている。だとすれば、肉体が死んでも、意識は問題なく非物質世界に在り続けます。単に、肉体が非物質世界の意識とコンタクトできなくなるだけなのかもしれません。

死ぬと無になるのではなく、死ぬと「意識とコンタクトできなくなる」——これが、スピリチュアルの考える死の状態です。


死んだ人に会える?

「死んだおばあちゃんがあの世で待ってるよ」というような話を、耳にしたことがある方も多いと思います。

死んだ人はあの世で待っているのか、自分が死ぬと先立った人たちと会えるのか——これについては、正直なところ、説明が難しいです。

死んでしまえば、意識は肉体を失い、生きていたときの人格は肉体とともに薄れていくと考えられます。そのため、生きているときと同じような感覚で死後世界を体験できるかというと、必ずしもそうではないように思います。

臨死体験などで、三途の川の向こうに先立った家族がにこやかに手を振っていた、という証言をよく耳にします。この体験自体を嘘だとは思いません。ただ、その体験はあくまで「臨死体験」であり、「死後体験」ではないという点には、注意が必要だと感じています。

死に限りなく近いところまで行った体験ではあっても、完全に死んだわけではないため、その体験を認識しているのは肉体の脳であり、自我が消失する前の状態での体験です。だからこそ、先立った家族や友人を明確に認識できるのですが、本当に死んで肉体を失った状態で、同じ体験ができるかどうかは、正直なところ何とも言えません。

私自身、ヘミシンクを通じて亡くなった父と対話した体験があります。この体験については、以下の記事で詳しくお伝えしています。

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生まれ変わる?

死んだ人は、しばらくの期間を経て、別の人間として生まれ変わると言われることがあります。世界中には、生まれ変わりを示す事例が数多く報告されており、日本にも、世界的に知られる事例が存在します。

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生まれ変わりの事例|日本における研究はかなり古くからあった?

生まれ変わりを分かりやすく説明すると、Aさんが死んで、その意識が死後世界(非物質世界)を経由して、Bさんとして生まれ変わる、ということです。Bさんが何らかの理由でAさんの記憶を持っていた場合、BさんはAさんの生まれ変わりだとされます。

通常、Aさんが死ぬと、その意識はAさんの人格からの影響を受けなくなるため、その後Bさんとして生まれても、Aさんの人格がBさんに影響することは、あまりないと考えられています。前世の記憶がBさんに引き継がれることも、通常はないのですが、まれに、その記憶が顕在化することがあるようです。

特に、幼児期に前世の記憶が残っているケースが報告されることが多いのですが、成長するにつれて日々の経験から多くの刺激を受け、次第にその記憶は薄れていくようです。大人になっても前世の記憶を持っている方は非常に稀で、多くの方は前世の記憶をまったく覚えていません。

こうした背景から、生まれ変わりや前世・過去世という話は、都市伝説のように受け止められがちです。でも、これも「死ねばすべて無に帰す」という前提が広く信じられていることの、ひとつの帰結なのかもしれないと、私は感じています。


人は死んだらどこに行くのか

ここまで、無に帰す、先立った人に会う、生まれ変わるという代表的な説について見てきました。

まとめると、死んだら肉体の機能が停止し、肉体は肉体以外の物質へと変化します。そして生前も死後も、意識は変わらずに在り続けると考えられます。意識は肉体の死後、死後世界(非物質世界)を経由して、別の肉体として生まれ変わる——そういう考え方があります。

では、死後世界とは何なのでしょうか。

死後世界とは、意識の本来の世界であり、物質の存在しない世界だと言われています。物質が存在しないため、私たちが何らかの方法でそれを観察したり測定したりすることはできません。私たち生きた人間ができることは物質世界における事象に限られるため、物質の存在しない世界を「見える化」して周知することは、難しいのです。

スピリチュアルにおいても、死後世界はさまざまな説で説明されています。使われる言葉や描写が異なるため、実際には同じことを言っているようでも、違って聞こえてしまうことがあります。これも、スピリチュアルへの不信感につながっている一因かもしれません。

最もシンプルに説明すれば、物質が存在しない世界ですから、そこには時空(時間や空間という概念)が存在しないということです。時間という概念がなければ、過去・現在・未来という区別も意味を持ちません。空間という概念がなければ、場所についても同様です。

時間も空間も、物質世界における物差しに過ぎず、非物質世界では意味をなさない——このことが理解されていないと、「昔ここで多くの人が亡くなったから心霊現象が多く起きる」というような話にもつながってしまうのかもしれません。非物質世界に時間や空間という概念がないのだとすれば、いつどこで何が起きていたかということ自体、あまり意味を持たないはずです。


死んだら記憶はどうなるのか

最後の疑問、死んだら記憶はどうなるのか、についてお答えします。

ここまでの説明の通り、記憶をはじめとした「意識」は、脳に蓄積されるのではないと考えられます。あなたが生きた証としての体験や記憶は意識にあるため、肉体が死んでも消えてなくなることはない、というのが私の理解です。

ただし、あなたという人格そのものは、限りなく薄れていくはずです。ですから、記憶に伴う感情などが、今のあなたと同じ状態でリアルに残るかどうかは、正直なところ分かりません。

あなたの経験や記憶は、次に生まれ変わる人に無意識に引き継がれていくと言われますが、それはあなたとして生きた記憶そのままの形では、おそらくないでしょう。

たとえば、ある人に振られて深く傷ついた経験があったとします。別の人として生まれ変わったとき、その記憶がそのまま残るのではなく、「異性に対する不信感」のような感情として、形を変えて現れることがあると言われています。理由は分からないけれど、なんとなく不信感がある——一種のトラウマのようなものです。

生きて体験した記憶は、生まれ変わっても何らかの形で引き継がれていくのかもしれません。ただ、それが今のあなたの記憶そのままの形で引き継がれるかというと、そうではないようです。それを「記憶が引き継がれる」と呼べるのかどうかは、難しいところです。


まとめ

今回は、死んだら記憶はどうなるのかを中心に、死に関するさまざまな疑問について、私自身の体験も交えながら考えてきました。

死というものは、科学で完全に説明できる類いのものではないと、私は思っています。そしてスピリチュアルな視点で考えても、簡単に理解できるものではないということも、正直にお伝えしておきたいと思います。

高校生の頃から抱えてきた「死んだらどうなるのか」という問いに、私なりの答えらしきものを見つけられたのは、ずっと後になってからのことでした。今も、すべてが分かったとは思っていません。それでも、この問いと向き合い続けてきたことには、意味があったと感じています。

死後世界についてさらに興味のある方は、以下の記事も参考になると思いますので、併せてお読みください。

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あなたは、「死んだら記憶はどうなる」という問いに、どんな答えを感じますか?


免責事項

本記事は、スピリチュアルな視点や筆者の個人的経験・見解に基づいて執筆された内容です。医学的・科学的・宗教的な証明を目的とするものではなく、特定の行動・判断・治療・信仰を推奨するものではありません。

また、本記事の内容は医療・法律・投資・心理カウンセリングなどの専門的助言に代わるものではありません。体調・心身の不調や具体的な問題を抱えている場合は、必ず専門機関や専門家へご相談ください。


筆者プロフィール

Hiro(アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナー)
高校生の頃、同級生の死をきっかけに死への恐怖を抱えた経験から、長年「死んだらどうなるのか」という問いを胸に抱えてきた。2008年よりヘミシンクを本格的に探究し、意識の拡張や内的成長をテーマに継続的に実践。アクアヴィジョン・アカデミー公認ヘミシンク・トレーナーとして、これまでに延べ1,000名以上の参加者にプログラムを提供・ガイドしてきた実績を持つ。現在は、スピリチュアルや意識の世界を探究するブログを複数運営中。専門知識と体験に基づいた、初心者にもやさしい情報発信をモットーに、誰もが自分の内なる声とつながるきっかけづくりをサポートしている。

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